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3月21日の世界の昔話 タールぼうやタールぼうや
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ウルワツの夕日とケチャダンス
ゲストの皆さまとケチャックダンス鑑賞へ行ってきました。
昼間はダイビング、夕方からはダンス鑑賞、夜はショッピングと、
朝から晩まで忙しいゲストさん、初めてのバリ舞踊に感動〜。
私はもう何回目だろう(^^ゞ
初めてこのダンスを見た時の衝撃は忘れられない。
終わった後も頭の中にはず〜っと”ケチャケチャ”
という掛声がエンドレスで回っていた。
数あるバリダンスの中でも特に人気のあるケチャックダンス。
通常のダンスはガムランという音楽演奏をバックに、
美しい衣装を着たダンサーが踊りを披露することが多い。
ところがこのケチャックダンスにはガムランがない。
ガムランに代わり、半裸の男たちがケチャケチャと掛声をかけ、
その中でダンサーが物語を披露するのだ。
ケチャはバリ中のいたるところで見ることができるのだが、
ウルワツ寺院の中にある劇場は特に人気がある。
美しい夕日をバックにダンスが始まるのだ。
いつ行っても満員の観客と熱気がムンムン。
すごい人でしょ(笑)
早めにいかないと場所取りが大変。
約1時間の公演のクライマックスがまた凄い。
ファイアー(火)の上を裸足で走りまわる男たち。
トランス状態に入った者は火の上でも熱くないそうだ。
観光客の皆さん、ウルワツ寺院のケチャダンス、
一押しの観光名所ですよ。
最後に美しいウルワツ寺院の夕日をどうぞ。
本日、またまた聖地に集合です♪
おはようございます
関西女の力か?はたまた、P特派員の「晴れろ!」が効いたか(笑)
お天気回復してきました
本日
『みんなで遊びましょ♪』(別名 昼ビールを楽しむ会)開催です
お昼前から聖地で遊んでいます
みなさまの乱入闖入お待ちしています
コメ欄には、P特派員や参加者からレポが入るはずです。。。ね
新幹線組は、無事 到着するのかっ
やっちまった第1号は誰なのか
ご期待下さい
懐かしの「はだし」ネタです(笑)
??の方は、夏ごろのドームやa-naのレポをご参照ください
王子に心配されつつ(笑)行ってきま〜〜〜す
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虎^_^;オープン戦5勝9敗
■2010/3/20 試合結果
対広島 オープン戦 ヤフーD
広|000 601 000|7
神|000 000 000|0
広:前田健-ジオ
神:安藤-筒井-西村-メッセンジャー-久保田
――――――
“完敗こそ弱点を修正せよ”
〜有料メルマガに続く
この投稿...
ぴょん
白石川シリーズの5回目、スズメです。またスズメ・・・です。
今回のスズメくんは、跳びます。飛ぶんじゃなくて、跳びます。
マウス・カーソルを画像の上にのせて、左ボタンを押してください。クリックじゃなくて、押しっぱなしにするのがコツです。
SP DX Contest の結果 Form JF2UPM
JF2UPM局より、2009年4月に開催された、ポーランドのコンテストについて、メールをいただきました。
昨年開催された、ポーランドのSP DX CONTESTのアワードが届きました。
いままでのものとは様変わりしており新鮮味がありました。
恥ずかしながら80mで2、3局QSOしただけで運良くいただけました。
今年も4月早々に開催されますが、ハイバンドのCONDXもUPしてきており、FBに交信できると思います。是非、エントリーしてみて下さい。
またCONTEST中にSPの16の地域と交信するとアワードが取得できますので、一石二鳥です。
私も今までに何回かこのコンテストには参加しましたが、最近はログが未提出の状態が続いています。2010年は、4月4日0000〜2400(JST)です。詳しくは、SP DX Contestのルールをご覧ください。
上山温泉
山形県の上山(かみのやま)温泉に行って来ました。面白かったですよ。
何が面白かったかというと、宿泊した旅館の大浴場が改修中だったのです。大浴場が改修中の温泉旅館なんてめったに泊まれるものではありません(笑) お客さんがほとんどいなくて、貸し切りみたいな状態。新館と本館を間違ったりすると廊下が暗かったりして、非常階段に出てしまって、屋上まで上がって、用具庫みたいなところから戻ってきたりして、アドベンチャーでした。
朝食です。
こけしです。
行って、飲んで、泊まって来ただけなので、どこかに寄ったりはしなかったので、写真はほとんど撮りませんでした。ただ、行き帰りを車に同乗させてもらったので、走行中の写真を撮ることができました。前から撮ってみたいと思っていたのですよ。天気もよくなかったし、あまり撮れなかったのだけど、トンネルのところがちょっと面白いかな。
ボタンの上にカーソルをのせると、画像が変わります。カーソルを動かせば、画像も動きます。最初は、ゆっくりと動かしてください。
早朝
今日は娘の学校の音楽会
朝7:45に学校集合
風が強いのでが止まったら、また学校まで送らなければ・・と思ったが、幸い乗れたようだ
途中で止まっていなければよいが・・
お誕生日チューリップ。
先日の14年来の同期会にてお誕生日でもらったチューリップ。
綺麗だよね! これはもらったばかりのときに取ったので
今は花びらが開いています。
花びらが開くまでの楽しみもくれるという、
そういうところまで気を使ってくれるのがありがたいです。
ほんと14年も経ってしまったねトーク炸裂でしたが、
話しているテンポが全く変わってない私たちがいました。
まーーーー早いしうるさい!!!もう少ししたら、ゆっくりするのかしら?(笑)
しかし写真へたくそ。。ぶれてるし。。携帯でとった方も後で見てみよう。
とにかく。ありがとうです。
法要の良さは故人ゆかりの縁者が無事を確かめ合うことにある
20日は亡き父の13回忌で、数日前から準備をしてきて、遠来の名古屋からの親戚4人を含め9人で午前11時からの法要を待つばかりとなったが、時間になっても肝心の和尚さんがお見えにならない。10分ほど過ぎたところで、お寺へ電話を入れると、「お墓の方へ行っている」という。「えー」と言って調整を頼むことにしたものの、今回の法要のお願いをしたのは4カ月以上も前のことで、当初は家でお経をあげてもらい、そのままお墓に向かい、墓でもお経をあげてもらい、その後近くの中華料理店で精進落としの会食をする、というものだった。どう考えても時間的に無理だろう、と思われたので、一週間前に確認の電話を入れ、会食の場所が変更になったので、とりあえず和尚さんとの会食はキャンセルとしてもらった。
その時のやりとりで、お寺は墓での経読みだけという受け取り方をしたのだろう。早速、家へ向かってもらうこととしたが、生憎お彼岸で川崎霊園周辺の交通は渋滞していて、思うように車が進まない、と見えて、待てど暮らせど和尚さんはお見えにならない。ようやく1時間ほどして和尚さんから電話がかかり、「近くまで来たが、入口がわからない」とのこと。前回の6年前からマンションの周囲の様子は多少、変わっていて、迷うのも無理はない、と思いながらエントランスに降りたがそれらしき車は見当たらない。
やむなく家に戻ると、再度和尚さんからの電話で「公園が見える」とのことで、少し離れたところにいることが判明して、無事、和尚さんをキャッチすることに成功し、家にお連れした。和尚さんはお茶で喉を潤すのもそこそこに、即座にお経が始まった。車の運転やら、道に迷ったことなど忘れたかのように、渋いよく通る声での経読みが始まったのはさすがで、ちょっとやそっとでは動揺しないのだろう、と感心したも。そういえば、13回忌の詳細もろくに伝えてなかったな、と思ったが、そんなことお構いなくスムーズにお経読みは進んで、法要らしきものとなった。名古屋から来た姉はしきりに「素晴らしいお経だった」と絶賛していたが、始まるまでのドタバタがあるせいか、そこまでは同意できなかった。
お経のあとの法話や雑談もそこそこに和尚さんは家を後にした。小一時間ほど待たされ、朝早く起きて名古屋から来たのにとの雰囲気が流れたので、かみさんに和尚さんの代わりに般若心経でもあげるように促したが、さすがに尻ごみして行わなかった。墓参り程度の簡単な法要なら素人の経読みで済ませられだろうが、きちんとした13回忌の法要ではやはり墨染めの袈裟をまとった和尚さんが経をあげ、焼香を回しながら行う行為がないと様にならない。
法要のあとの精進落としの会食では親父の生前のことなど初めて聞くような話もあり、楽しい時間となった。法要の良さは故人に関わった親戚一同がこうして故人を偲ぶ話をすることで、お互いの近況を話しながら、無事を確かめ合うことにあるのだ、とつくづく実感した。連絡の手違いで、時間通り始まらなかったことでハラハラしたが、終わってみれば無事に法要を営むことができ、万事めでたし、ということとなった。考えてみれば、このお彼岸の時期にオーバースペックの設計をしたことに無理があったようだ。法要の主宰者としては準備に時間をかけてきたこともあって、まずは無事に終了したことにホッとした気分で、プロセスには目をつぶりたい。
大病人関連記
隣にいた人がおととい退院していったので、少し気が落ち着きました。看護師さんも気にして大変でしたでしょうと言ってきました。なんか、この数日間に隣にいた人の今までの人生の縮図を見たような感じがしました。オーバーかもしれませんが。私はとにかく自分自身が病気に立ち向かっていきたいと思います。
陸上記録会
陸上記録会に参加しました。
記録は、手元の時計で5km=21分49秒。
1周400mを、100秒で走りきるのが目的でした。できませんでした。
反省点、いっぱい。失敗から学びます。
旅の香りスペシャルで....
野際陽子さんって.... 僕の母と(同い年)←なコトを知りました....
小林建樹「歳ヲとること」
すげえいい曲。
他も、「斜陽」とか「それは愛ではありません」とか。いや、ぜんぶいいっすけど。アレンジの仕方が好きっす。ピアノがいい。ベースも超好み。
この人昔ちゃんと聴いてたのにな。いつの間にか遠ざかってて、今になって欠乏を身体が訴えて...
突風で死亡
昨日は風が強く、北九州市小倉北区でコインパーキングの清算機の屋根が落ち、血を流している女性が救急車で病院に運ばれたが出血性ショックでまもなく死亡した。
昨日の最大瞬間風速は、北九州市八幡で23.5m、行橋市で24.8mと何れも観測試乗最大を記録した。
今朝も時折強い風が吹いています。北部九州から山口にかけて黄砂もややひどい状態になっています。
黄砂には中国からの有害物質も含まれているそうですので注意が必要です。
ラクダ
八木山動物公園、フタコブラクダです。
口をモグモグさせているので、何て言ってるのかなぁ・・・と思って聞いてみたら、手動アニメにしてくれ・・・とのことでした。してみました。
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ヒスイカズラ
<撮影ノート>
機種:OLYMPUS E-3
レンズ:ZUIKO DIGITAL ED 50mm F2.0 マクロ
絞り優先AE(F3.5、1/200秒、0.0EV)
ISO160、WB:昼光
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ゆりかもめの新橋駅
その後は東京長生高校同窓会の幹事会が有るので新橋駅経由で品川プリンスホテルに向かいました。
途中新橋駅前の蒸気機関車の前で旧知の現役の方と待ち合わせをしてほんの少し会社の近況を聞きました。
本日はこれからお彼岸の中日ですので田舎の墓参りに行きます。23日迄農園に滞在しますのでその間はブログを休みます。
日常都々逸/3月21日
朝早くから
ゴロゴロドカン!
地響き地鳴りで
飛び起きる
※雷の句。怖い…。
ミスコン?
藤川市議を擁立の方向=参院比例に−自民(時事通信) - goo ニュース
参院選挙orミスコン?・・・いずれにしても、有権者を馬鹿にしている事には、間違い無いですね
室津
淡路島の室津パーキングで休憩中。
神戸に向かっています。
強風のため、ほとんどが50km規制です。
瀬戸大橋は通行止め。
いまから明石海峡渡ります。
梅ちゃんの文学散歩―三浦哲郎3
一時期、三浦哲郎が住んだといわれる建物が今も残っているというので向かいました。
「緑風荘」の向かい側、細い道を入って行きます。
これはその途中で見かけた橋です。
菜の花を食らう
菜の花
菜の花は菜の花っていうけど、多くの人がイメージしているのはアブラナのこと。
これは白菜の菜の花です。
水菜でも青梗菜でも菜の花は咲くのです。
この菜の花を摘み取って辛子漬けのお浸しにして食らう。
春を食べてるような贅沢な気分になります。
「バターン死の行進」ではなかった写真
「バターン死の行進」の写真説明をAP通信が65年ぶりに訂正した。この写真は
wikipediaにも紹介されているほど有名なもの。フィリピン戦線で捕虜になった米
軍の捕虜が二人がかりで戦死者の遺体をかつぎ行進している姿を撮ったものと
されていた。ところが、最近になって生存者の証言から、そうではなくて行進の数
週間後、収容所で撮影されたものだった。
「バターン死の行進」は昭和17年4月、フィリピン戦線で日本軍に投降した連合軍
捕虜8万人を収容所まで移動させる際、自動車不足から80?の道のりを歩かせた
ため数千人が炎天下の疲労とマラリアで病死したといわれるもの。戦後、この責任
を問われ、本間雅晴・第14軍司令官らがマニラ法廷で処刑されている。
すこし考えれば、この写真はおかしかった。捕虜が延々と80?もの道を遺体を担い
で行進するわけはなかった。普通、戦死した遺体は、戦闘が終わった後、その場で
土に埋め、日本軍の場合は手の指を切断して戦友が持ち運んだ。マレーのコタバル
では、イスラムで火葬できないため、舟で仏教国のタイ領まで運んだ例もある。
戦争写真の問題性については「南京虐殺」ですでに証明づみである。中国側が日本
軍の残虐としている写真の多くはインチキか、合成されたものだ。写真の和蘭戦争博
物館発行の出版物の表紙の写真は、戦時下の民間人強制収容所としているが、実
際は戦後、和蘭人がインドネシア人によって襲撃されるのを保護すため、日本軍の兵
士が歩哨にたっているものだ。
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