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民事的争いの解決法?…訴訟体験記(前編)
相変わらず多くのアクセス、ありがとうございます!! 長野市の裁判所は県庁のすぐ北、合同庁舎の1棟で地方、簡易、家庭の各裁判所が納まっていて「調停」の申立てもここで受け付けています。私人間の争いは「話し合い」によって解決するのが基本ですから身近な例では、例えば『保証なしの現状販売で購入した車が1週間で壊れて納得できない』なども販売店との「話し合い」です。 メーター改ざんの詐欺罪のように明確な刑事事件は別としてお客様が言いがちな「出るところに出る」はまずは“話し合いの場”になります。 例えメーター改ざんの詐欺罪であってもその罪を問うのは刑事的な告発で警察でよいのですが蒙った被害に対する損害賠償、つまり返品や返金の要求は民事上の扱いのため警察は介入しませんのでもう一方で全く別の対応をしなければなりません。 ヤフオクで過去に当店がこの被害に合った時は法律違反の刑事告発を臭わせながら700?も離れた相手(業者かもしれません)と電話によるやりとりで相当の金額を返金してもらいましたので実際には警察沙汰にはしませんでした。 理由は金銭的損害がなければあとの面倒(時間と労力と心の負担)は避けたかったからです。 ちなみに発見したのは漠然とした疑問⇒点検ステッカー発行工場へTEL⇒記録簿控えFAXそして販売はメーター改ざんで業者オークションへ出品してなんとか損はせずに済みました。ところで、上の例など「いくらなんでもヒドイんじゃない」はいわば道義的(道徳的)責任の範囲であって多分、契約上の問題には当りませんから「そこを何とかして欲しい」と、時には泣き落としでも何でも販売店の譲歩を引き出して修理代の一部なりを負担してもらう方が得策かと思います。 あまり喧嘩腰になりますと相手もそうした対応になり契約内容を盾に拒否し易くなるなど、一口に話し合いと言っても金銭的にも増して、かなりの精神的負担は避けられないものです。 こうした観点からも車を見ると同時に“売る人も視る”ことが必要です。 ご参考までに「調停」にしろ「訴訟」にしろ申し出る先は“相手の住所地を管轄する裁判所”であってご自分の近くの裁判所ではありませんのでご注意ください。 もう数年前のことになりますが、15万円の整備代を3年間に渡って“ナノのツブテ”でお支払いいただけないお客様にさすがにしびれを切らして簡易裁判所に相談したら簡単に手続きできる「支払い督促」または「少額訴訟」なる制度があることを教えていただき申し出ることにしました。(どちらだったが忘れました) もちろんその前には電話、訪問、郵送を何度も繰り返していますが連絡が取れず、ついには「内容証明書」も送付して普通はこの時点でなんらかの反応があるのですがそれでも回答がないことを確認してからです。 裁判所からの郵便による出廷要請はやはり効果的で何年か振りにお顔を見たからご挨拶しましたが無視されました。 指定された法廷に行くと、なぜか人が廊下まで溢れていてほとんど同じ時間帯に同様の事件を複数こなされることが入り口に張られているビラで判りましたが名前を告げると職員さんが「こちらでしばらくお待ちください」と順番待ちの待合室替わりに出入り自由な傍聴席に誘導するのでこれが大混雑の理由だと判りました。 つまり、こうした約20人が野次馬の如くコトの成り行きを見守る中で開かれるのですからこれじゃまるで“さらし者”です。 代金不払いの当事者とは言え元はお客様ですからいくらなんでも気の毒に感じましたが、すでに時は遅し多分ご本人もエライ所に呼び出された、と思われたのでしょうちょっと困惑した表情をなさっていました。しばらく待って呼び出された2人が案内されたのはその法廷と廊下を挟んだちょっと奥にある「調停室」で「訴訟」を申し立てたのに、その前に話し合いによる決着を試みる機会があるとは思ってもいませんでした。 こうして期せずして初めての「調停」を経験することになったのです。(続く)        

ココルイの大冒険 第30幕
今日はルイチャンの2ケ月ぶりの美容院です 7000円もするのですが人気でなかなか予約がとれません さすがに2ケ月たつとルイチャン黒くなってきました さて毎週日曜のブログはココルイの大冒険です 今回はココニャン熱く語ります 第30幕「男の勲章」ご覧ください 【前回までのあらすじ】 ココニャンは生き別れの双子のお姉さんにやっと会えましたが、不治の病でした 唯一お姉さんを救うことができるエキスのとれる幻の花が佐渡島にあるということで ココニャン、ルイチャン、シロちゃんの3人は佐渡島までやってきました 一晩の宿で、車イスの少年ソウスケに出逢い、ココニャンは一緒に寝ることにしました 【本編】 さて大変なことになりました幻の花探しはどうなるでしょう。 【ココルイ写真館】 ルイコレのペットランキングです ベスト10返り咲きです室内犬部門でも首位に返り咲いてまた3冠です 下のどれでもクリックいただくと今日のルイチャンのランキングをご覧いただくことが できます チワワ・ランキング 小型犬・ランキング 犬 写真・ランキング 犬 室内飼い・ランキング 犬絵・犬漫画・ランキング

ヨーデルの森
昨夜は意外と早く帰宅できて、動物園に間に合いました♪ リアルで見るの久々だよぉ〜(泣) 疲労が半端無かったので、夕食は簡単にパリパリ麺(お肉とエビと野菜炒めただけ) 梅酒飲みながら、雅紀ドットコム見ましたよ。 まさかの姫路城にギャーーーーっ、 いったい何時来たんだろう、言ってくれたらよかったのにぃ じゃ、動物園はもしかして、姫路動物園?いやいやサファリ? いやまさかの王子動物園か須磨水族館か、たった数秒の間に我が家は全員パニック で、神埼ヨーデルの森でしたか。。。行った事なかったし 歓迎うちわ振ってる人が妙にうらやましすぎて涙が出そう。。。お疲れちゃんです タカは相葉ちゃん怖いはず、なんて思いながらもツナギが似合う (このツナギ実は探して、見つけたんだけどソールドアウトでしたわ) 茶のジャケはサミーとおソロなので私も着れるけどね(苦笑) 太陽の下でのアップが多くて、動物さんよりも癒されましたわ 私も動物園で働きたい。。。。 その後、サミーからのスカイプで久々に子供達とサミーはご対面 なんたって明日(今日)は初のハーフマラソンなのでね 画面のサミーはしっかりゼッケンつけてました、笑えるぅ〜 私が言ったラッキーカラーも着てるし、単純なとこが可愛い奴ですわ。 瞬子は愛之助最終回のため、早々にスカイプから退席してましたが 私は工事の事、仕事の事、色々積もる話も多くて1時間以上話してました。 仕事が大変な時にマラソンがあって良かったなぁと思いましたわ〜 ストレスで前任者は身体壊したくらいだから、趣味が持ててラッキーですよね。 終わってから怪物くん予告見ましたが めっちゃ可愛いですやん〜似合いすぎっ(笑) きっちり藤子ワールド再現出来てますね〜 バックに流れる曲も嵐の歌のような気がします、声がね。 いやぁ久々に楽しみなドラマです☆

日本女性不動産協会 【入会案内】 私たちの社会的な取り組み
【日本女性不動産協会】 日本女性不動産協会は、日本初の不動産業界で働く女性の全国ネットワークです。 不動産関係の仕事をしている人ならどなたも会員登録できます。 公式ブログの閲覧には、協会への入会手続きが必要です。 ご入会手続きは、下記URLより行ってください。 だれでも一人では多くのことを見ることができませんが、 ここでは日本中のメンバーが、お互いに不動産を学び合うことができます。 私たちの経験を分かち合うことは、私たちの視野を広め、 新しいより良い方向をそれぞれに気づかせてくれます。 あなたも日本女性不動産協会の社会的な取り組みに参加してみませんか? 協会の発信する様々な情報を、あなたの不動産ビジネスに役立ててください。 不動産業界、10万人の女性の輪  『日本女性不動産協会』 ←入会申し込み、詳細はこちらから  コンテンツ閲覧には会員パスワードを入力してください。  協会について−女性の不動産ビジネス−不動産独立開業−推薦図書−推奨セミナー,講習会−募集−小冊子とグッズ 講師派遣−掲示板−メールマガジン−マーケティング調査−住まいづくり研究会−キャリア、求人、採用情報 Copyright (C) 2009 日本女性不動産協会. All Rights Reserved


小出川の国道1号線のあたりで1本の桜の木が満開を迎えています。今朝7時頃撮りました。

2月の作品
蓮がひとりで作りました。 これは『おに』だそうです。 保育園へ遊びに行ったときに習ったのかな? はさみも上手に使えるし、 折り紙も折れるようになりました。 お顔もちゃんと描いてあります。

mon10の話(わっつ 2010/03/12)
拓哉君の都市伝説の話から始まった夕べのわっつ。 中心は、月曜のスマスマのコーナー。 最初のメッセージは お台場フジテレビの大階段での収録についての質問。 あの、いっぱい目撃談があった階段の話ですね。 あんなところで、収録したら、そりゃぁ、いっぱいありますよ。 偶然、あの場に居合わせた人たちって幸せだよね。 メッセージの中でも、拓哉君のオーラが・・って話が出てたけれど この話、目撃談の中でも聞いた。 SoftBankのCMパロディって、 メッセージにもあったし、拓哉君も周りからも言われたらしいけれど これは、歌収録。 大階段を使って、ダンサー100人、エキストラ200人。という ♪〜ロコモーション。 ね。歌収録の、本気の拓哉君だよ。 オーラも一段と強く輝いて、 そこに、光が集まってくるように感じると思う。 そして、もう一つは、野口さんとの交信の話。 宇宙戦艦ヤマトにいる野口さんと交信できる時間は一日に20分。 野口さんの飛行状態と、拓哉君たち5人のスケジュールを照らし合わせると 可能なのは、ここしかないという状態。 それが、中居君がオリンピックキャスターをしているTBSでの時間。 なので、赤坂サカスのスケートリンクでの交信。 これも、目撃情報が色々ありましたね。 だって、スケートリンクだもの。 野口さんは、宇宙に出発する前に、スマスマに来てくれた。 それが、ヤマトのクランクインの前で 野口さんに、宇宙の事をいろいろ尋ねたら 「なんで、そんなことを聞くの?」って言われて、 「実は、宇宙戦艦ヤマトに乗るんで。」と、言ったら、 「実写で撮るの?それ。宇宙で見たい。」と、言ってくれた。 無事つながって、 野口さんの方から、 「みんなの、前で、俺作るよ。」ということで、 宇宙食の手巻き寿司をオーダー。 「ウィムッシュ。」って言ったあと、カメラからフレームアウト。 そして、カメラの前に立ったときには、シェフの帽子をかぶってた。 これが一番ビックリしたっていう拓哉君。 マイクが、宙に浮いてるとかは、普通にあるけれど 宇宙ステーションの中でシェフの帽子!!!。 やっぱすごいよね。 作ってくれた手巻き寿司が浮いてた。 ここで、それぞれのからの質問。 その日が、フィギュアの女子SPの日だったので。 「野口さん、トリプルアクセルを決めていただきたい。」という拓哉君のお願いに。 「一応やってみます。」って野口さん。 挑戦してくれましたって、ほんといい人。 そして、拓哉君たち、SMAPのことが好きなんでしょうね。 あと、拓哉君からの質問。 「宇宙に行ってみて、ヤベェ、俺、見ちゃったということありますか?」 というのは、NASA的にはギリギリだったらしいですって。 野口さんは、大人な対応をしてくれて、 拓哉君も、質問した後に、NASA的には、絶対無しだよなと思ったとか。 う〜〜ん。20分ですよね。 そのまま、ノーカットで見たいなぁ。 こういうのこそ、コーナー延長でお願いしたい。 その当たり、スマスマスタッフとの意識が同じだといいんだけどね。 拓哉君の話を聞いてると、ワクワクになる。 ほんと、拓哉君と一緒に楽しみたいなって思えてくる。 そして、昨日のわっつでもう一つ。 キャ!! NikonのCMの中で、キャプテンって言ったの、拓哉君のこと。 わっつCMならではね。 「キャプテンの待ち受け画像」って。 この一言が嬉しいのよね。 ー・−・−・−・− おまんじゅうというか、真っ白の和菓子のようなデージーです。 ここ数日、春の行事が重なって、ドタバタで、でも、嬉しい春です。

【花の降る頃】 48 ― 花暦 ―
傘をたたむと丁寧に雨の雫を落とし コートの雨粒をふき取りながら  マンションの玄関ホールに足を踏み入れた。 昨日も一昨日も同じような雨が続いており レインコートの下の服もいくぶんか湿気を含んでいる。 梅雨特有の肌にまとわりつくような湿り気に 萌恵はどことなく気持ちの悪さを感じていた。 カギを開け部屋に入り エアコンの除湿を作動させると ほどなくサラッとした清涼感に包まれた。 手早くエプロンを身につけ すぐに食事の準備に取り掛かる。 片づけをこなす時間が欲しいため手の込んだものはできないが できるだけ圭吾の好む食事を用意した。 先日来 萌恵の日常は大きく変化していた。 圭吾の転勤が決まり 部屋の方付けを手伝うため 夕方からの稽古事はひと月の休みを取った。 仕事を終えるとバスに乗り 圭吾のマンションに向かう。 途中で夕食のための買い物をすることも多く 食材を残さないため 使いきれるだけの材料を 購入するよう心がけていた。 ”毎日は大変だよ 来れるときだけでいいから” 圭吾はそう言っていたが 萌恵が来るのを心待ちにしているのは隠せないようで 帰宅した圭吾を おかえりなさい と迎えると 今日も来てたんだ と嬉しそうな顔が見えた。 圭吾の返事を待っていたように 出向は正式決定となり 7月1日付けの異動が決まった。 ひと月足らずの間に転勤準備を整えなければならなかった。 通常の転勤に比べれば まだ余裕があるんだと圭吾は言うが 支社や系列会社へ出向くのとは勝手が違い 行き先は 圭吾の会社からは初めて赴くところでもあり 仕事の面で手探りの異動になることは目に見えていた。 せめて生活環境だけは 不自由しないように整えてやりたいというのが萌恵の気持ちだった。 「高辻社長の一声があったからね こちらの無理も聞いてもらえたよ これを見て」 ファックスで送られてきたんだと 床に座り込んだ圭吾が広げたのは 転勤先で住むマンションの見取り図で  2DKの間取りは 一人で住むには広すぎる部屋だった。 「これなら ここの全部の荷物を運び込めそうだ 家具はまとめて梱包してもらうよ  景気のいい頃だったら 何もかも全部業者任せだったんだけどなぁ 今はそんな贅沢は望めないからね」 「私はお手伝いができるから 今のほうが嬉しいかも」 萌恵も片付けの手を止め 圭吾の横に座ると一緒に図面を覗き込んだ。   「そうだ 萌恵の荷物も送っておこうか 来月から家元稽古も始まるしね  そのたびに持ってこなくていいんじゃないかな」  「お家元のお稽古は 土曜日の午前中よ 日曜日はこちらでお稽古があるから  土曜日のうちに戻ってこなくちゃいけないでしょう 圭吾さんのお部屋には寄れないと思うの」 「金曜の夜 僕のマンションに来ればいいじゃないか 遅くなっても金曜に泊まったほうがいいよ  次の日の移動が楽だと思うけど」 「そうね……考えてみます」 「金曜日 会社の帰りに発つのって やっぱり難しいかな 家の人の考えもあるだろうけど」 家の人とは 萌恵の母親をさしているのだろうと思われたが 萌恵はあえてふれず 祖母に話をしてみるねと  明るく返事をした。 萌恵の母親が 圭吾について良くない印象を持っている限り 家元の大事な稽古のためだと説明しても  容易には理解してもらえないだろうと考えていた。 去年の記念茶会の一対の手前を見た家元から この秋に行われる海外茶会に ぜひ参加して欲しいと 打診があり 迷った末に 参加させていただきます と返事をした矢先に  京香から交際を反対された二人だった。 稽古を理由にお付き合いを続けるつもりでしょうが 絶対認めませんと強行に反対する母に  海外茶会での大事な手前を引き受けた責任があるのだから 家元の指導を欠かすことはできないと  萌恵はこれまでにない姿勢で母に自分の意見を述べたのだった。 そのあと黙り込んでしまった萌恵に かぶせるように小言を言い続ける母親をとりなしたのは父親だった。 ”海外でお手前をするとは 名誉なことじゃないか 稽古をしっかりして挑みなさい  お母さんが心配して言う気持ちは 萌恵もわかっているはずだ この話はまた今度にしよう” 父親らしい言い方で その場を穏やかに収めたものの 萌恵と母親との関係は いぜんとして曇ったままだった。 「お母さんが僕らのことを反対する理由は 萌恵の心を心配されてるからだろう 今の萌恵の姿を見てもらえれば きっとわかってくださるよ」 「そうね これまで離れていたから見えないことも多かったみたい だから 余計心配するんだと思うの」 「そうだよ 幸い僕も転勤でいなくなる お母さんと向き合ういい機会だと思うな」 「幸いって 圭吾さんったら」 母が 美和子の吹聴した圭吾の評価を信じているとは 絶対に悟られてはいけない。 圭吾が言うように 圭吾と少し距離をおいたほうが 母の気持ちもほぐれるのかもしれないと思えてきた。 会えない寂しさは いつか圭吾と過ごす将来を思えば たいしたことではないのだと  萌恵は圭吾に心配をかけまいと 努めて明るく振舞っていた。 「こうして手伝ってくれるのは嬉しいよ だけど 無理はして欲しくないんだ」 「だって もうすぐ……」 会えなくなると言いかけて 萌恵は言葉を濁したまま俯いてしまった。 もうすぐやってくる別れを いまさらながら感じたのか 寂しさが体中に溢れている。 圭吾は萌恵の手をとると 膝の上に乗るように目で促した。 ”うん……” と 恥ずかしそうにしたものの 素直に圭吾の膝に にじってのぼってきた萌恵を  包むように抱きかかえた。 萌恵は優しい手に体を預け じっと目を閉じていたが やがて ゆっくり目を開けると 圭吾に微笑みを返した。   萌恵を家に送り届けると 圭吾は 玄関で待つ祖母に必ず挨拶をしてから帰っていった。 多くを語るわけではない おやすみなさい と頭を下げるだけの挨拶だったが 祖母はそんな圭吾の姿勢を 好ましく感じてくれているようだった。 「芹沢さんのお引越しの準備はどうなの」 「もう少しよ 向こうのお部屋が広いらしくて 家具も全部持っていけそうだって」 「そう 良かったわね……萌恵ちゃん お母さんのことだけど お母さんの気持ちもわかってあげてね」 「わかってるわ でも 話してもいつも平行線なの 私の意見を聞こうともしないのよ 今日もメールで  また縁談があるからって 芹沢さんのこと知ってるのに どうして……」 「そんなことがあったの……お母さんが頑なになっているのも わからなくもないの  あちらのお義母さまに認めてもらいたい一心で ここまできたんだもの 雪ちゃんのことさえなければ……もう少し様子を見ましょう 時が解決してくれることもあるのよ」 「うん……」 祖母の言いたいことはわかっていた。 気位の高い義母に仕えながら 娘達を育ててきた京香にとって 娘の嫁ぎ先は何をとっても大事なことなのだ。 雪那の離婚も萌恵の心の傷も 京香の至らなさが原因だと義母に言われたと  母が実家で嘆くのを聞いたことがあった。 娘の苦悩を どうにもしてやれないと 祖母の悲しむ姿も萌恵は知っていた。 祖母には これ以上哀しい思いをさせたくない。 母への説得も大事だが 母との関係を見つめなおそうと考え始めていた。 鈴木の姪たちと一緒のドライブも 今週末で三回目になり 無邪気に接してくれる子供達が可愛くて  真澄は二人にプレゼントを用意したいと考えていた。 小さくても女の子は好みがあるはずだろうから 鈴木に聞けば何かわかるだろうと  廊下の先で見かけた鈴木に 声をかけようとしたときだった。 目の前に芹沢が現れ 鈴木を呼びかけたため 真澄はとっさに廊下の壁に身を隠した。 どうして隠れなければいけないのかと思いながら そうしなければいけないような気がした  というのが正直なところだった。 「ちょっといいかな 出向の話を断ったって聞いたんだ 山崎部長が気にしてた 君の返事が思わしくないって  理由も言わないなんて鈴木君らしくないじゃないか」 「芹沢さんは行かれるんですか」 「うん 来月一日付けだ 急な決定だったが先方の意向もあってね 君が一緒だと心強いと思ってたんだが」 「すみません 個人的な理由だったもので……やっと決心がついたので 部長にはこれから話します」 そのあとの声が急に小さくなり 真澄の耳には聞こえてはこなかった。 二人の話は初耳だった 圭吾が会社を離れることも驚きだったが 鈴木にも出向の打診があったことと  それを断ったという事実にもショックを受けていた。 毎日オフィスで顔を合わせ 休日は子供達を挟んではいたが これまでの時間を埋めるように話をしてきた。 二人が交際しているのかと聞かれれば そうだ とは言いがたい曖昧な関係だったが  鈴木が真澄に好意を持ってくれているのは明らかで 真澄も 鈴木に心を開き 遠慮のない間柄になってきていると思っていた矢先だった。 それなのに こんな大事なことを話してくれなかったということに 真澄は自分はまだ 鈴木にとっては たいした存在ではないのかと思われたのだ。 真澄は廊下の壁を離れ 来た道を折り返し歩き出したが 次第に哀しい思いに包まれ  自分の意思とは関係なく目が潤んできた。 どうしてこんなに苦しくなるのか 哀しさが込み上げてくるのか 真澄自身にも理解しがたい感情だった。 心の奥のくすぶりは午後の業務にも差し支えるほどで 仕事のミスをくり返す真澄に 同僚が  体調が悪そうだから早く帰るように と声をかけたほどだった。  山間の道を登る車の中は 今日も賑やかだった。 大きなカーブに差し掛かると わざと体を倒し歓声をあげる子供達に 真澄も同調してはいたが  胸の中にある問いをいつ口にしようかと考えていた。 鈴木が 出向の話を真澄にしてくれなかったのはなぜなのか 断った理由は個人的なことだと言っていたが  それは何か。 自分は鈴木にとってどんな存在なのか…… この数日間 ずっと思い悩んできたことを 今日は聞こうと思っていたのに 帰路に入っても 言い出すきっかけをつかめずにいた。 「二人とも寝たようだね あれだけはしゃいだんだ 疲れたんだろう」 「えっ? あら本当……いつの間に 気がつかなかったわ」 歓声はいつの間にか消え 真澄がプレゼントしたぬいぐるみを抱えるようにして 二人とも眠り込んでいた。  「考え事? さっきからずっと黙ってるけど」 「あっ うん……」  「無理には聞かないけど 黙ってると気になるよ」 何よ 自分は言わないくせに と心で反論したものの 鈴木の言い方には嫌味がなかった。 思い切って聞いてみようと 真澄が重い口を開きかけたとき 車が左側へすっと寄って止まった。 「休憩 少し外の空気を吸ってこようか」 それは 一緒に車外に来てというような言い方だった。 寝ているとは言え 子供達の前で聞くのは憚られたことだけに ここで聞くのがいいのかもしれないと  真澄は素直に鈴木の言葉に従った。   スカイラインに設けられた展望所からの眺めは 思わず深呼吸をしたくなるほどの絶景だった。 初夏の澄んだ空気の中 遠方まで見渡せるこの場所に 真澄を連れてきたかったのだと  真っ直ぐな視線を向けながら鈴木は言葉を続けた。 「聞いて欲しいことがあるんだけど いいかな」 「いいかなって そこまで言っておいてやめないでよね 気になるじゃない」 「まぁ そうなんだけど……」 「なによ 言い出しておいて引っ込めるの? ほら 言いなさいよ」 今まで向け続けていた視線をはずすと 展望所の柵に身を預け遠くを眺めながら ようやく鈴木は口を開いた。 「会社を辞めようと思ってるんだ」 「やめるって どうして……あっ お家のこと……」 「うん 実家の商売は古くからの職人さんもいるし そっちの方はなんとかなるらしいけど 経営となると  お袋一人じゃどうにも困るらしくて」 「お義姉さんが跡を継がれるんじゃなかったの?」 「そこが難しいところなんだ 義姉さんが引き継いでも チビたちが大きくなるまで何年あると思う  少なくても20年はかかるよ 義姉さんの負担が大きすぎる」 「鈴木君がその間を引き受けるってこと?」 「引き受けるっていうか 社長は義姉さんで 俺は補佐をしていこうかと思ってる 味噌の醸造は 現場の職人に任せて ほかの実務なら手助けできるからね」 鈴木の真剣な声に 真澄は言葉を繋ぐことができなかった。 聞いて欲しいことがあると言ったが これは相談ではない 決定事項を聞かされたと思った。 会社を辞めるとなると 当然真澄との接点もなくなる たとえこの先 鈴木との付き合いを続けたとしても  今までのように会う時間もない上に 環境の変化は明らかだった。 付き合いはここまでにして欲しい これ以上は無理だから そう言われたのも同じだと真澄は受け取った。 「だから断ったんだ 出向の話」 「知ってたの?」 「あっ うん……芹沢さんと話してるのを 偶然聞いたの 立ち聞きするつもりじゃなかったんだけど それで」 「そっかぁ 知ってたんだ……」 「わかった 残念だけど 実家の一大事だもんね 帰ってしっかり頑張って  なかなか会えなくなっちゃうけど 応援してるから」 「おいおい そんな突き放した言い方ないだろう そこまではっきり言う?」 「いいじゃない 頑張りなさいって言ってるのよ そうだ 送別会の幹事は任せて 盛大に送り出してあげるから」 「ちょっと まだ早いって そんなに俺をやめさせたいかな 瀬川さん もっと俺に愛情があるかと思ってたけど」 いつもの鈴木とのやり取りになってきて 真澄はおおげさに先輩ぶって会話を続けた。 二人の声に目が覚めたのか 車のドアが開き ”巧お兄ちゃーん” と 子供達が駆け寄ってきて 話はそこまでとなった。 いつもなら駅まで送ってもらって そこで彼らとは別れるのだが 今日は鈴木の実家に向かっていた。 子供達の母親である鈴木の義姉と母親が 真澄に子供達が世話になった礼を言いたいからと言う事だった。 礼をと言われても たいしたことをしたわけではないと真澄は遠慮したが 是非にと鈴木に勧められ  彼の実家に同行することになった。  遠目にもわかる大きな構えの工場が見えてきた。 鈴木が言うほど小さなものではなく 古いが立派な店構えの店先を通り過ぎ 店の裏手にある 従業員用の駐車場に車を止めると 子供達は またねー と可愛い挨拶を真澄に残し 母屋に駆け出した。 鈴木に並んで歩き出した真澄は バッグを車に忘れたことを思い出し 車のキーを借りて引き返したとき  年配の男性が親しげに鈴木に近づいてきた。 鈴木に向かっていきなり話を切り出したところをみると 真澄には気がつかなかったようだった。 「巧 どうだ 決めたか」 「えぇ 決めました 昨日上司に話しをしたとこです」 「そうか これでお母さんも安心だろう それで いつ頃帰ってこられるんだ」 「おじさん そんな簡単に会社を辞められませんよ 残務整理もあるし 引継ぎだってありますからね  早くても二ヶ月はかかると思います」 車のそばに立ったまま 鈴木と年配の男性の話を聞くことになってしまった真澄は  そこから動けなくなっていた。 鈴木が跡をとるのが正しいと男性は言い続け そんなつもりはないと言い返す鈴木に 将来を考えろと 諭す声がかぶっていた。 「それはそうだが まぁ おまえが帰ってくればいい あとは本人の気持ち次第だからな」 「待ってください その話は……」 「よく考えてみろ これが一番いい方法なんだぞ 嫁さんの名義じゃ何かと親戚筋がなぁ…… それに小百合さんだって 満更じゃないようだったぞ おまえを頼りにしてるって」 「ちょっと待ってください 兄貴が亡くなって まだ半年もたってないんですよ」   「喪が明けてからでいい 女は誰かに守られたほうが幸せなんだ 巧と一緒になれば  子供達の将来だって安心だろう そう思ったんじゃないか」 「おじさん この話は またあとで ここでは困ります」 真澄は背中に冷たい汗をかいていた。 鈴木が実家に帰るには こんなわけがあったのか…… 何も知らずに こんなところまでついてきた自分はなんだったのか。 バッグを取り 車のドアをそっと閉じると 真澄は静かに歩き出した。 二人に気付かれないほど離れると早足になり 店の敷地を出る頃には駆け出していた。 ここから駅までどれほどの距離があるのかもわからなかった。 けれども とにかくこの場を離れなければとの思いが先に立ち がむしゃらに走っていた。 走り続ける真澄の横を 一台の車が通り過ぎ やや前方で止まると 鈴木が降りてきた。 真澄はとっさに方向を変え 表通りから裏路地へと走りこんだ。 「待って そっちは駅とは反対方向だ」 後ろから声が聞こえていたが 真澄は走るのをやめなかった。 今の自分がどれほど惨めな顔をしているのか 鈴木には見られたくない一心だった。 それほど速く走っても サッカーで鍛えた足を持つ鈴木にかなう筈もなく ほどなく腕をつかまれることになった。 「待ってくれ さっきの話を聞いたんだろう?」 「そうよ 聞いたわ 私がいちゃ迷惑でしょう だからそのまま帰ろうと思ったの」 「聞いたのなら尚更だ 帰すわけにはいかない」 「もういい わかったから 鈴木君の事情はわかったから」 裏路地とは言え 行きかう人もあり 二人をじっと眺めるように過ぎ去っていく。 「とにかく車に乗って ここで俺の顔を知らない人はいない」 「私を知っている人はいないわ」 「わからない人だな とにかく車に乗ってくれ」 あまりの大声に 真澄はそれ以上逆らうことができなかった。 鈴木が言うことももっともだった。 こんなところで女と言い争っていたなどと言われたら 鈴木の家の評判にも傷がつくだろう。 仕方なく車に乗ったものの ”駅まで行って” と言ったっきり 真澄は口を固く結んだ。 それには返事もなく 車は走り出したが 一向に駅に向かう気配はなかった。 「駅に行ってって頼んだのよ 聞こえなかったの? 鈴木君は実家に用事があるんでしょう  早く帰りなさいよ」 「家まで送るよ」 「いいから 私はひとりで帰れます お願い 降ろして」 言うことを聞かない鈴木に抵抗するように 真澄はシートベルトをはずし 今にも降りそうな気配を見せた。 「嫌だ!」 強い口調で言い放つと 鈴木はドアロックをして車を加速した。 ほどなく車はインターチェンジに入り 夕暮れの高速道路を走り抜けていく。 どちらも口を閉じたままだった。 抱えた思いは大きく どちらも相手の様子を探りつつ 自分からは言い出せない  そんな重苦しい空気が漂っていた。 前をじっと見据えていた真澄は 横からの眩しい光に目を細め 手をかざして光を遮ると 運転席の鈴木の手元が動き 真澄の目の前にサングラスが差し出された。 「これ使って」 「ありがとう……夕焼け 綺麗ね」 「あぁ 明日も良い天気だろう」 何事もなかったような鈴木ののんびりとした声に それまでの緊張が一気に解ける思いがした。 圭吾の出向の話を萌恵は知っているのだろうか。 知らないはずはない 彼女なら 彼のために一生懸命できることをするのだろう そんなことが真澄の頭に浮かんでいた。    自分が今 最も心配なのは かつて心を寄せた男性ではなく 横にいるこの人なのだ。 腹が立つのも 哀しくなるのも 苦しくなるのも 彼が気になるからこそだった。 あれほど気になっていた芹沢圭吾の顔が ぼんやりとしか浮かんでこないことに 真澄はようやく気がつき  鈴木に言うべき言葉を探し始めた。 

ゴージーお茶を飲んでいい?
ゴージーお茶を飲んでいい?

空 -2010/03/14-
おはようございます☆ ふぅ〜っ いい天気ですよ... 今日も... 今日もファイッ (q^_^)q ! 撮影場所 : 自宅 さいたま市 撮影機器 : IXY DIGITAL910IS

ただいま
宮古島から帰ってきました。 今回宮古島への旅は初めてだったのですが、 とにかくゆる〜い感じがとても心地よく、 今までの沖縄の旅行とはちょっと違う感じでしたね。 とにかくのんびりしたい〜。 でも、はじめての宮古島だから、 キレイといわれるいっぱいビーチをまわってみたい〜。 矛盾しながらもすっかり3日間楽しんできました。 天候にも恵まれ、 そして、「ここは日本なのか?」と分んなくなるくらい ビーチ&岩場がとても美しく。 まだ海で泳げるような気候ではなかったので、 さすがに海に入ることはしませんでしたが、 今度ここにくるときにはビーチでのんびりしたいな〜と思いました。 2日目の夜に行った「ぶんみゃあ」というお店はとてもよかった。 ご飯&お酒をいただきながら、島歌のライブも聴けるんです。 すっかりご主人の三線の音色に魅せられてしまったワタシ。 そして、おねーさんの歌声もステキで。 すっかり宮古島の夜を満喫してきました。 ↓ 「ぶんみゃあ」さんのホームページでは、来店記念に写真撮影してくれています。 なちこ夫婦も掲載していただきました。 下調べをせずに行った今回の旅行でしたが、 これだけいろいろなことをできたので 次回の宮古島はのんびりゆっくりできるかな? また行きたいぞ〜。

お誕生会*ワンコたち
忙しくてなかなかUP出来ませんでしたが 2月末に娘が6歳の誕生日を迎えました。 今年は骨折の為、ギプス姿でしたが 昨日の受診で、やっとギプスも外せました。 さて、今年のお誕生日はお祝いの品として ずっと以前からお願いして楽しみにしていた TOP画像の ぷちぐるみちゃんセットに決めました。 handmadeのお友達としてBlog内でも何度か ご紹介している ゆめあそび こももさんの作品を オーダー注文して、我が家にやってきてくれたのが TOP画像の この子たちです ^^ とっても とーっても可愛くて 娘だけでなく私もメロメロになってしまうほど 心に残るステキなステキな贈り物になりました。 レパートリー豊富な こももさんのぷちぐるみちゃんたち たくさん集めたくなっちゃいそうです ^^ そして、娘と同じ月が誕生日だった私にもマトリョーシカの かわいいストラップを贈ってくださいました。 とってもミニなのに これまた可愛くて早速ケータイにつけて いっしょにお出掛けしています。 こももさん ^^ 本当にアリガトウございました

【神奈川県立川和高等学校】
【検索の達人 ■■■】■■■に文字を記入! 高大連携情報誌 調べもの新聞 【ブログ=穴埋め・論述問題】 【神奈川県立川和高等学校】 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 移動: ナビゲーション, 検索 神奈川県立川和高等学校 国公私立の別 公立学校 設置者 神奈川県 設立年月日 1962年10月 共学・別学 男女共学 課程 全日制課程 単位制・学年制 学年制 設置学科 普通科 学期 2学期制 高校コード 14120J 所在地 〒224-0057 神奈川県横浜市都筑区川和町2226-1 北緯35度32分15.5秒東経139度33分9.2秒 外部リンク 公式サイト ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 表・話・編・歴 校門から校舎まではイチョウとサクラの並木道が続く 校舎神奈川県立川和高等学校(かながわけんりつかわわこうとうがっこう)は、横浜市都筑区にある全日制普通科の高等学校。 目次 [非表示] 1 沿革 2 校歌 3 教育 3.1 学校長 3.2 組織 3.3 学級数 3.4 教育方針 3.5 校訓 3.6 生活目標 3.7 教育課程 3.8 選択科目 4 特色 5 主な行事 6 川和饅頭 7 施設 8 部活動 9 委員会 10 旧学区 11 周辺施設 12 アクセス 13 著名な卒業生 14 関連項目 15 公式サイト 沿革 [編集] 1962年10月1日:旧都筑郡役所の場所に設立。 「港北区にも県立高校を」という地元の強い要望と誘致運動があった。当時の最寄バス停は「旧都筑郡役所」。旧港北区では唯一の県立高校だった。 1963年3月22日:校舎第一期工事(第2棟・ポンプ室等)が現在地に完成し、翌23日神奈川県立横浜翠嵐高等学校から移転。 1963年4月5日:第1回入学式。 1963年5月13日:開校式挙行。 1964年:校舎第2期工事(第1棟・渡り廊下)完成。 1965年:校旗制定。体育館、渡り廊下竣工。校地拡張(8786m²)。シャワー室、自転車置き場、売店等竣工。 1966年:校歌制定(2月)。校地の舗装整備完成(3月)。変電所竣工(4月)。生徒会館竣工(5月)。バックネット完成(10月)。横浜市から校地を寄付(29126m²・10月)。校門完成(11月)。落成式挙行(11月) 1967年:プール及びプール附属建物竣工。生徒会館追加工事(物おき等)完成。格納庫竣工(ストーブ等)。 1968年:柔剣道場竣工。 1969年:築庭(庭園)完成。 1970年:第3棟完成。 1971年:校庭にスプリンクラー、照明設備設置。 1972年:球技コート完成。本校10周年記念式挙行。 1973年:球技コートの防球ネット完成。 1974年:弓道場完成。日本テレビ『われら青春!』の撮影(第18話。正門が太陽学園のライバル校の門として登場。当時、学校のそばにあった出光グラウンドで、ラグビーのシーンの撮影がなされていたため。当時大学生だった竹下景子が高校生役として出演)。 1976年:裏門完成。 1977年:学校東側で花見山遺跡が発掘され、土器や石器が大量に発見される。 1978年:女子制服地を、カシミアからサージへ変更することが決定。 1979年:第2自転車置き場が完成。 1979年:ロードレース大会の開催地をこどもの国に変更(港北ニュータウンの開発が進み、学校周囲での安全確保が困難となったため)。 1982年:TBS『アイコ16歳』の撮影。第3自転車置き場完成。 1983年:本校20周年記念式典が県民ホールにて行われた。 1984年:TBS『アイコ17歳』の撮影。 1985年:映画『ビー・バップ・ハイスクール』の撮影(以後、映画撮影への協力を中止することとなる)。 1988年:学校周辺の開発に伴い、体育館裏に通用門を新設。 1989年:1棟・2棟改修工事が始まる(1992年8月まで)。 1991年:前年度(1990年度)の決定を受け、職員室禁煙となった。 1992年:本校30周年記念式典が神奈川県民ホールにて行われた。 2002年:日本テレビ『第22回全国高等学校クイズ選手権』全国大会に、当時の3年生が出場する。敗者復活戦を経て、準決勝まで駒を進めた。なお、当時の敗者復活戦のたすきは、当人たちの意向により学校に寄贈され、職員室前に飾られている。 2003年:2学期制に移行。 校歌 [編集] 川和高等学校校歌 作詞:木俣修、作曲:沖不可止 応援歌「健児」 作詞:村尾知子、作曲:今井翼 応援歌「若人」 作詞:山田信行、作曲:今井翼 教育 [編集] 学校長 [編集] 初代:山本盛枝(1962年10月 - 1963年8月) 第2代:越次政一(1963年9月 - 1967年8月) 第3代:中林忠雄(1967年9月 - 1970年8月) 第4代:赤澤勇之進(1970年9月 - 1974年8月) 第5代:篠崎福次(1974年9月 - 1977年8月) 第6代:白井幸彦(1977年9月 - 1985年3月) 第7代:松下滋(1985年4月 - 1988年3月) 第8代:稲垣謙治(1988年4月 - 1990年3月) 第9代:奈良澤芳雄(1990年4月 - 1992年3月) 第10代:酒井洋(1992年4月 - 1996年3月) 入学式や卒業式などの式典時に、生徒に対して『エール』と称して気合いを注入する、非常に個性的な校長であった。また、書道家でもあり、体育ジャージ変更の際に、川和の刺繍文字の揮毫を行った。 第11代:平本毅(1996年4月 - 1998年3月) 第12代:小沢敦(1998年4月 - 2001年3月) 第13代:吉野行正(2001年4月 - 2003年3月) 第14代:川手眞實(2003年4月 - 2007年3月) 1974年4月 - 1983年3月には、国語科、芸術科(書道)教員として川和高校に勤務していた。 第15代:本坊敏郎(2007年4月 - ) 組織 [編集] 緑和会:卒業生の同窓組織 川和会:卒業生の保護者の同窓組織。親睦会の企画など 学級数 [編集] 1年生:8クラス 2年生:8クラス 3年生:8クラス (平成21年度現在) 教育方針 [編集] 日本国憲法・教育基本法・学校教育法の趣旨に従い、民主的平和的にして、真理と正義を愛し、自主独立の精神に充ち、秩序と敬愛と責任とを重んずる心身ともに健全な人材の育成を目標とする。 校訓 [編集] 誠実 勤勉 質朴 生活目標 [編集] 誠実、勤勉、質朴の校風に則り、健全な高校生活の実現を図る。 積極的計画的に勉学に励み、豊かな人間性を培う。 責任を重んじ、規律を守るとともに、自主自律の精神を養う。 礼儀を失することなく、互に尊重しあう態度を身につける。 心身を練磨し、気力と体力の増進を図るとともに、安全に留意する。 余暇を善用し、個性の伸長と創造性の開発に努める。 環境の整備と美化を図るとともに、公共の施設、設備をたいせつにする習慣を養う。 教育課程 [編集] 2003年から2学期制。50分授業(40分授業の日もある)を採用。月曜日は7時限、それ以外は6時限である。2年次より文理に分かれる。3年次は半分近くが選択科目である。選択科目には「日本史研究」「探求漢文」「英語講読」といった受験対策科目や、「芸術II」「フードデザイン」「コミュニケーションスキルズ」などが履修できる。定期テストの他に、学校独自の実力テストが実施され、進路などに利用される。また、1年次から英単語や漢字の小テストが頻繁に行われている。授業では、独自の教材も多様され、充実した授業を展開している。1年次から数学IIの範囲に入るなど、授業のペースは速い。理系の国語は2年次からセンター演習に、数学は3年の前期で全範囲を終了させ大学入試対策に入る。 選択科目 [編集] 国語表現II 作品講読 探求現代文 探求漢文 世界史B 日本史研究 地理研究 現代研究 倫理研究 政治経済研究 数学B 数学研究 代数入門A 代数入門B 解析入門 物理I 物理II 化学II 生物II 探求物理 探求化学 有機化学 探求生物 応用生物 英語講読 英語語法研究 コミュニケーションスキルズ フードデザイン 音楽I 音楽II 美術I 美術II 書道I 書道II 2年次の文系は「数学B」か「現代研究」のどちらかを選択する。 特色 [編集] 部活動が盛んで、参加率が9割以上と屈指の参加率を誇る(神奈川県内ではかなり高水準)。 現役での大学進学者の割合は、近年では70%前後。2006年度の県内の公立高校では4番目の高水準。 大学からの指定校推薦枠が多く、約80の大学から120学部以上ある(横浜市立大学、早稲田大学、慶應義塾大学、上智大学、明治大学、中央大学など) 年3回、学校独自の実力テストが行われ、進路資料などに利用される。 毎年海外の高校から留学生を受け入れている。 1年次の数学I、2年次の英語で少人数授業が行われる。 年3回、学校独自の実力テストが行われ、進路資料などに利用される。 3年生には冷暖房完備の自習室である進路指導室が開放され、主要大学の過去問である赤本を閲覧できる。 夏休みに希望者を対象とした夏期講習が行われる。1年次から大学入試演習の講座が開かれ、3年次には二次試験対策やセンター試験の英語リスニング対策講座も開設される。そのほか、歴史博物館の見学会など20講座を超す。 毎年夏休みに1泊2日の理科実習が開かれており、多くの参加者がある。2006年度は天体観測。 3年次には校内で代ゼミ模試、河合塾の全統模試、駿台模試を応募できる。 芸術教科は、「美術」「音楽」「書道」のいずれかを選択。 体育は1年間の内半分が種目選択制である。 2年次の修学旅行は、希望により決定される。沖縄や北海道が人気である。 主な行事 [編集] 体育祭の様子 川和祭の様子 川和饅頭新入生歓迎会 部活ごとの個性ある発表が行われる。内容はコントが多い。 遠足 クラス内の親睦を図る。鎌倉や東京ディズニーリゾートなど、学年により異なる。 修学旅行(2年) 入学の際に希望調査行い決定される。 体育祭 各クラスが作るオリジナルの「クラスTシャツ」(クラT)や、ダンス部の三年生とバトン部、その他の有志によるチアリーディングや応援団の演技による応援合戦が名物。 芸術鑑賞会 中国雑技や『オズの魔法使い』など、毎年異なる。 球技大会 年3回開催。二日間にわたり行う。親睦を図るため学年の枠を越えて対戦する。 文化祭(川和祭) 名物は「川和饅頭」である。詳細は下記を参考のこと。 ロードレース大会 こどもの国で走る。男子8km、女子4km。上位者には賞品あり。終了後は現地解散。 剣道大会(男子) 1、2年生が(3年生は受験のため不参加)参加し、各クラス2チーム(男子が多い2年生理系クラスは3チームの場合もある)出場する。試合は5人団体戦のトーナメント方式による。剣道部員が審判を担当する。女子生徒が応援するため選手は本気になり、試合はかなり白熱する。優勝チームと剣道部顧問の教諭や体育教諭による教員チームの特別試合が組まれたり、トーナメントに教員チームが参加したりする年もある。 ダンス発表会(女子) 今まで体育で練習してきた成果を発表する。投票により優勝クラスを決める。 合唱発表会 芸術の音楽選択者を中心にクラス合唱。 川和饅頭 [編集] 「一つ食べれば川和合格、二つ食べれば早慶大、三つ食べればハーバード」という宣伝文句のある川和饅頭は、川和高校名物として、文化祭(川和祭)で、文化祭執行部が売っている。老舗和菓子屋の息子が川和高校に通っていたことから、この饅頭が売られるようになり、以後名物として定着した。 施設 [編集] 校庭。県立高校では屈指の広さを誇る 図書室 暖房完備の進路指導室 庭園 裏門までの並木道 木々に囲まれたプール。奥に弓道場がある 弓道場 6面ある球技コート今でこそ開発が進んだが、昔は田舎だったため、敷地は38,000m²と広大である。 全天候走路 庭園 弓道場 柔剣道場 柔道用の畳はあるが、柔道部の廃部や、体育の授業で剣道が年間を通して行われていることから、近年柔道用に畳は敷かれていない。常時剣道コートが2面設置されている。剣道部の部室がある。2009年に、老朽化していた床の改修工事が行われた。 プール 球技コート(6面) 屋根付自転車置場 相談室 食堂 全日制の県立高校への設置は珍しい。1975年に現在地に移転するまでは、グラウンド東側にある部室棟の2階で営業していた。食堂内は校舎と異なる独特の雰囲気がある。メニューは低価格で充実しており、期間限定の校内で採れたタケノコご飯は人気が高く、行列ができるほどである。隣には売店が併置されており、外部の店より低価格で菓子パンやデザートなどが売られている。 進路指導室 冷暖房完備。3年生の自習室として開放され、快適に自習できる。大手予備校の模試の受け付けや、大学受験関連本の閲覧など。赤本が充実している。 図書室 蔵書数約3万冊と県立高校の中では多い。多くの新聞や雑誌のバックナンバーも閲覧できる。漫画や郷土資料も充実している。 部活動 [編集] 部活動参加率が高く、2つ以上の部に入部する兼部も多数いるため、活発な部活が多い。最近では、陸上競技部や野球部、サッカー部、バスケットボール部などが活躍している。珍しい部活として執行部があり、体育祭および文化祭の運営に携わる。詳しくは川和高校部活動紹介などを参考にされたい。 野球部 ここ3、4年の活躍から、公立の強豪と認知され始めてきた川和高校野球部は、OBからの寄付などにより、県立高校では珍しい秋・春の地区予選会場校でもある。会場校になってからは地区予選でホームグラウンドを使えることに加え、強豪私学に当たらないため、県大会進出が容易になった。また部の規模は大きく、2005年春季大会で強豪日大高校を破るなど健闘している。 1980年、夏の全国高等学校野球選手権神奈川大会において、本校野球部は4回戦で横浜高と対戦。11対2で敗れたが、横浜の投手川戸浩から2点を奪い、愛甲猛らを擁してこの大会で全国優勝した横浜から、神奈川県大会で唯一得点した(横浜は2回戦から決勝まで、対本校を除く6試合すべてを零封勝利した)。 また2007年の同大会において、初のベスト8入りを成し遂げた。 現在は東京ヤクルトスワローズの加藤幹典の2007年での活躍により、さらに注目度があがっている。加藤を育てた佐藤雄彦は、2007年より瀬谷西高校の副校長を務めている。 文芸部 年4回文芸部雑誌である「みちしば」を発行。受賞作品も輩出している。 写真部 吹奏楽部 書道部 美術部 合唱部 軽音楽部 茶道部 室内楽部 県内でも珍しい部活。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの3種類の楽器を用いて合奏を行う。大半が初心者からのスタートであるが、入学式や卒業式のBGMや県内で行われる演奏会への参加、老人ホームへの出張コンサートなど、さまざまな場面で活躍している。また毎年数名の部員が、神奈川県高校合同オーケストラの一員として全国高等学校総合文化祭に参加し、その年によって京都や島根、青森などまで遠征し、演奏を行っている。 アニメーション漫画研究部 囲碁将棋部 生物部 弓道部 陸上競技部 現役学生が、2009年の陸上日本選手権において、女子400m走決勝に進出する活躍をみせている。 ソフトテニス部 剣道部 かつて、関東大会出場校に名を連ねる公立の強豪校であった。創部から現在に至るまで、剣道家の体育教師が顧問を務めている。OB・OGにより構成される「剣心会」との稽古会等、卒業生によるサポートを受けている。 2007年に関東予選女子団体第8位入賞。2008年に、男子が関東大会神奈川県予選において5位入賞し、本大会に出場した。2009年に、インターハイ神奈川県予選女子個人において、主将が準優勝し、本大会に出場した。09年秋の新人戦で男女ともにベスト8入賞を果たした。近年の飛躍は、目に見張るものがある。 卓球部 山岳部 ハンドボール部 2006年3月、第29回全国高等学校ハンドボール選抜大会に出場(女子)。 バスケットボール部 2007年、女子がインターハイへ出場。 水泳部 バレーボール部 ダンス部 2006、2008、2009年に全国高校ダンスドリル選手権大会関東予選HIP HOP部門において、上位入賞し、全国大会に出場。また、2009年1月に行われた県の新人戦においても優勝を果たす。 サッカー部 ラグビー部 バドミントン部 バトントワリング部 テニス部 パティシエ部 シネマ同好会 アコースティックギター同好会 マジック同好会 体育祭執行部 体育祭は委員会ではなく、希望者による執行部が結成され、企画運営する。 文化祭執行部 体育祭と同じく、希望者による執行部が企画運営する 応援団部 33期卒業生が創設し、34期 - 36期卒業生が発展させた。現在はラグビー部員が務めている。 委員会 [編集] 4月に決める。任期は1年。下記の他にも、ストーブ係などの係や、学級委員がある。 応援委員会:壮行会や高校野球の応援。 JRC委員会:募金活動、ボランティア等の福祉活動。 体育委員会:授業や体育行事の企画、運営。 保健委員会:傷病生徒の世話と連絡。 整備委員会:校内の美化を図る。清掃や環境維持。 図書委員会:図書貸出、新書の購入。 新聞委員会:年3回「川和時報」の発行。 選挙管理委員会:7月に行われる生徒会選挙の運営。仕事があまりないことで生徒に人気。 放送委員会:校内放送の運営。 交通安全委員会:毎秋行われる横浜北地区の交通安全大会の運営、交通安全に関するビデオ製作、実地調査、啓発活動。 旧学区 [編集] 2005年度入試からの学区撤廃以前は、川和高校は横浜北部学区に属していた。旧横浜北部学区内の県立高等学校は以下の通り。 神奈川県立市ヶ尾高等学校 神奈川県立荏田高等学校 神奈川県立川和高等学校 神奈川県立霧が丘高等学校 神奈川県立新栄高等学校 神奈川県立田奈高等学校 神奈川県立白山高等学校 神奈川県立元石川高等学校 なお、この横浜北部学区内ではトップレベルである。 周辺施設 [編集] 川和富士 江戸時代末期に築かれた標高74mの山。川和のシンボル的存在である。 ゲオ市ヶ尾店 マクドナルド荏田西店 泉天ケ谷公園 シダックス荏田西店 アクセス [編集] かつては、最寄りの鉄道駅からバス利用、もしくは徒歩で30分程度かけて通学する生徒が大半だった。しかし、2008年3月30日に横浜市営地下鉄グリーンラインが開通となり、学校から徒歩10分のところに都筑ふれあいの丘駅が開業して、通学の利便性が向上した。なお、バスによる通学は下記に示すとおりであり、最寄バス停は「川和高校入口」と「川和高校前」である。 東急田園都市線市が尾駅(所要時間7分) 「江田駅」行き「川和高校入口」下車 「中山駅北口」行き「川和高校入口」下車 「石橋」行き「川和高校入口」下車 「センター南駅」行き「川和高校入口」下車 東急田園都市線江田駅(所要時間10分) 「市が尾駅」行き「川和高校入口」下車 横浜市営地下鉄ブルーラインならびに同グリーンラインセンター南駅(所要時間10分) 「市が尾駅」行き「川和高校入口」下車 「中山駅」行き「川和高校前」下車 JR横浜線ならびに、横浜市営地下鉄グリーンライン中山駅北口(所要時間15 - 60分) 「市が尾駅」行き「川和高校入口」下車 「川和高校」行き「川和高校前」下車 「センター南駅」行き「川和高校前」下車 著名な卒業生 [編集] 熊谷仁士(トランペット奏者、元東京交響楽団主席トランペット奏者)(2期) 櫻井良治(静岡大学人文学部教授、東大博士課程卒、国家財政・税制に関する著書多数)(3期) 北原雅彦(トロンボーン奏者、東京スカパラダイスオーケストラtb)(15期) 新井英樹(漫画家)(17期) 西村顕治(日本経済新聞記者、クイズ王としても有名)(18期) 福田光則(東北大学教授)(21期) 橋本努(北海道大学経済学部准教授)(21期) 経済学部出身の哲学者である。 鄭秀和(建築家)(22期) 武居直行(首都大学東京システムデザイン学部准教授)(26期) 野坂英吾(実業家、株式会社トレジャー・ファクトリー代表取締役社長)(26期) 高畠俊(ミュージシャン・フロウズン・はなわ「佐賀県」のベーシスト)(27期) 村上寿昭(指揮者、ドイツ・ハノーファー国立歌劇場常任指揮者)(28期) ichi-low(ドラマー、Yum!Yum!ORANGE Drums担当)(29期) 寒水孝司(大阪大学准教授)(29期) 三瓶靖人(モデル)(29期) 市川洋介(元俳優)(34期) 加藤幹典(プロ野球東京ヤクルトスワローズ投手)(39期) 高校進学の際、市内の横浜商業高校と進路を迷った際、「チャンスをあげる」と言った横浜商業高校の監督に対して、「おれが育てる」と言った佐藤雄彦(当時、川和高校野球部の監督)に胸を打たれ、進学を決意。兄もエースだった。 君嶋麻耶(モデル)(41期) CHOKi CHOKi、FINEBOYSなどをはじめとした、ファッション・ヘア雑誌で活躍するカリスマ読者モデル。 関連項目 [編集] 神奈川県高等学校一覧 学校記事一覧 公式サイト [編集] 神奈川県立川和高等学校 「http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E5%A5%88%E5%B7%9D%E7%9C%8C%E7%AB%8B%E5%B7%9D%E5%92%8C%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1」より作成 カテゴリ: 横浜市の公立高等学校 | 都筑区 最終更新 2010年3月11日 (木) 14:37

みんなが、いないと・・・・
                          試しに ピヨだけ放鳥してみたら                                   しばらくは 楽しそうに飛び回っていたのですが・・・                                       ピヨ 「何か調子が出ないわね〜」                           という事で、 サッサッとケージに戻ってしまいました ☆

ジソプMV^^
また、見つけました〜素敵なMV〜 一時やめていられたのですが、最近再開されましたね^^ 初めにジソの「ごめん、愛してる」の言葉にグット来ます〜 BGMは素人の方だそうです〜

信じるということ
待つこと ひたすら待つこと その人が気づいてくれることを信じてひたすら待つこと いつになるかわからないけどひたすら待つこと まだ気がつかなくても そこに感情を入れず ただただ信じて待つこと 相手の存在そのものを受け入れ、待ち続けること 相手は気づかないかもしれない でもそれでもいい その人をいとおしく思う

レンジ!フル稼働♪
やっぱり違うわ〜!火の通り方から全然違う! 10年の進歩って素晴らしい! このヘルシオは、ヤマダ電機とのコラボらしく、決済セールで半額くらいで購入!金がナイナイ言いながら、ついつい衝動買い 早くロールパンも焼きたいし、蒸せるから、肉まんやシュウマイも挑戦したいわぁ〓

緊急連絡網
緊急連絡網 ○○○○ 緊急連絡網 氏名 ****(**)****出処::レポートサイトHAPPYCAMPUS! TAG :会社書式,連絡網

東方神起 ステージ衣装♪!
  Junsu\'s cute NG!!   この シャツ 似てるな〜 色違いかな ちょっと 違うかな 検証しちゃいましょう〜〜   2009.07.02 SHOWCASE 002 ステージ衣装の展示がありましたね  JUNSU YUCHUN YUNHO   CHANGMIN JEJUNG    3rd LIVE TOUR   2rd LIVE TOUR   渋谷タワレコ   東方神起in渋谷タワレコ             あ〜 早く 会いたい  ボゴシッポー            にほんブログ村

現ナマと才能
アニメーターズ・サバイバルキットリチャード ウィリアムズグラフィック社このアイテムの詳細を見る こちらの記事を拝読しまして。 私はたまたま専門が専門なので、ボランティアでいろいろされている人らをよく見るのですが、あれも一種の無給労働ですね。 労働の対価というのは、「現ナマ報酬」と、「非現ナマ報酬」の二層から成り立っていると思います。 「現ナマ報酬」は、月給とか年俸というような、短いタームで支払われる文字通りの「現ナマ」ですね。 「非現ナマ報酬」は、さらに「手形報酬」と「精神的報酬」と呼ぶべき二層に分かれています。この二つはもちろん相補的関係にあります。 「手形報酬」は、食えないけど将来は医者になって金持ちになれる可能性のある医者のインターンとか、記事で挙げられている例に則れば、タレントであり続けることでお金持ちと結婚できる可能性とか。後々、高い現ナマに化ける手形です。 「精神的報酬」は、ポジティブな気分のことです。周囲からのリスペクトとか、やりがいとか、使命感とか、仲間と経験を共有するよろこび、あるいはこれだけ無償で頑張ったのだから将来いいことがある気がする、といったポジティブな気分は、現ナマにこそ化けませんが、報酬になるわけです。 いわゆる現ナマをイメージしない「職業そのものの魅力」ってのは、この「非現ナマ報酬」の多寡によると考えられます。 さて、引用した記事では、アニメ業界について、<余りにも供給過剰なので、親の援助で生きていけるような人がある程度いればこの産業は回ってしまう。喰えなくてこの産業から離れる人がいても、いくらでも代わりの人材がいるから(略)体質改善が進まないのだ><職業に対する憧れは、労働の価値を歪め人々を不幸にする危険性がある>と、「非現ナマ報酬」に価値を見出すことを、<危険性>と表現しています。 なんだか、非現ナマ報酬に「過剰に価値を見出すこと」を、労働の価値をゆがめる危険性があるしてと、ネガティブに評価しているようにも感じられます。 頑張るアニメーターが涙目です。 とはいえ、かくいうこのブログの書き手も、おそらくは現ナマ報酬なしでブログを書いているわけで(アフィである程度の現ナマ報酬はあるとして)、じゃあそれは何でやってるかというと、非現ナマ報酬ありきだからと考えられます。 その結果、どっかの業界が腐っていく可能性だってあるわけです。そもそも、この記事を書かれた方ほどの卓見の持ち主に、記事をボランティアで書かせていること自体、文筆産業にとってどうなのか、という話だってあるわけです。で、そういう書き手が減らないから、インターネット上の読み物産業が変革を迫られないという面もあるはず。 アニメーターがほとんど食えない状態で絵を描いちゃうことで、業界を腐らせるという背景と、良く似ている気がします。 ところで、「人間になにかをさせること」よりも、「自ら何かをしようとする動機を育むこと」の方がよっぽど難しいと思います。 それこそ現ナマ報酬を積めばたいていのことはやらせてしまえますね。でもそれではコストが高くついてしょうがない。一方で、現ナマ報酬を積まなくても、みずからやりたいと思ってくれると、安く済みます。「非現ナマ報酬に価値を見出す」人は、低コストなわけです。 その意味で、「非現ナマ報酬に価値を見出す」というのは、才能とほとんどイコールといえるだろうし、それ自体は社会の宝だといっていいと思います。 アニメーターは、ほとんど無償で絵を描いているとして、問題は、彼らの「絵を描くことに対する非現ナマ報酬の過剰な高さ」ではなく、その宝を「持ちぐされる構造」なんだと思います。 要はうまく使えばいいんです。例えばアニメ業界なら、「非現ナマ報酬に動機を感じる人がたくさん“居ちゃってる”」という「過剰」ではなく、「そういう連中をうまくコーディネートし、現ナマにつなげるプロデューサー業」に、動機と才能を持つ人がいないか、その両者がマッチングしていない「不足」が問題だともいえるはず。「才能の過剰」が問題なのではなくて「才能の不足」が問題と言いかえられるわけです。 まあ、そういう才能がそもそも居ないんだとすると、別の活かし方をした方がいいでしょうけれど、「非現ナマ報酬に価値を見いだせる」という才能そのものは、アニメーターの皆さんには捨てないでほしいとおもうのです。 最近は、新海誠とか宇木敦哉とかいった人たちも現れていることだし、ああいう発信のし方だってあるわけで。あれはそういう食えない搾取構造から一抜けして、全部自分でやっちゃった例といえそうです。 もちろん、全部一人でやろうと思えば、絵を描くだけじゃなくて、脚本、演出、絵コンテ、キャスティング、BGM、製作スケジュール管理、PR、営業、いろいろやれなあきません。 だから、「才能の過剰」を「才能の不足」と言いかえて、上の先人のように食えない構造から脱却するには、絵しか描けない人は、脚本や演出の訓練をしたり、訓練出来そうになければ、出来る人と仲良くなったりする努力が必要になります。 もっとも「そんなん面倒くさいよ」というなら、それはそういった努力にかかるコストに対して、「非現ナマ報酬」で期待される値が下回る程度に低いということですから、そうなっちゃったらもうしょうがないので、なにか別の手を考えましょう。

イメージチェンジ
スイセン 3月も中旬になると春らしく、月末には桜も開花かな。 なんだか自分自身イメージチェンジしたくなってきた イメージチェンジとは言っても何が変えられるか・・・服装・髪型 髪型は以前から少し変えてみたいと思っていたので昼から美容院へ 友達からのアドバイスを受けていたのでその事を美容院で伝えると 横の髪がもう少し長くなければ、イメージ通りにはならないらしい。 よりイメージに近くなるようにと、まずはストレートパーマを掛けることに決定。 いつもは朝早く行くので殆ど1番で待ち時間は無いが今日は終わったのが4時半。待ち時間を入れれば4時間程美容院に居た事になる。 夕方、主人が帰って何か言うだろうか・・・少し期待 でも、そのことに関しては一言もなかった。 『もう女性として見ていないのかなぁ』と、ちょっぴり寂しくなった夜でした。

業務日報(月次形式)
業務日報(月次形式) 業  務  日  報 (○○年○○月分) 所属 氏名 目標 日付 業 務 項 目 業   務   内   容出処::レポートサイトHAPPYCAMPUS! TAG :会社書式,業務

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時代劇体操
早いもので、3月! だいぶあたたかくなって来ました。 1月のはじめごろ肩が凝って仕方なくて…どうやら冷えのせいだったようなのですが…。 まず、ホカロンを毎日毎日、両肩に張り冷え対策をしたりしていたのですが、途中から時代劇専門チャンネ...

楽しいお泊り♪
  皆様、お早うございます   今日は、すっきりと晴れるお天気になるそうでお洗濯日よりですね   ゆっくりとした日曜日の朝      コーヒーを飲みながらブログを書いています   娘は実家に週末、お泊りに行っていまして従姉妹と楽しいお泊り時間を、   過ごして居る事でしょう   多分、携帯電話で実家のニャン子達の、   撮影をして「可愛い可愛い」と騒いでいる事でしょう   実家のネコはうるさいのが苦手なので迷惑そうな顔が浮かびます   皆   ごめんねーー   少しの時間、撮影させて下さい   あなた達の可愛い可愛い寝顔は     ホンマに私達、家族を癒してくれてます   気持ちよさそうに毛布の中で眠る顔は、野良猫の時に、   どんなに辛かったかなって想うだけで愛しさが増します   今、5匹のニャン子は実家にて、   安心安全時々迷惑と楽しく暮らしています   従姉妹の亜実と楽しいお泊りを満喫している事でしょう   私も、パジャマ持って従兄妹の直美ちゃんの家に泊まりに行った事、思い出すな   カーテンごしにお日様が「はよ、洗濯しいや」って言うます   では、皆様も良いお洗濯日和           お出かけ日和   楽しい日曜日をお過ごし下さいね   何時も、読んで下さってホンマにありがとうございます                      hana         


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